2002年下院議員初当選。2007年6月に通信・エネルギー・天然資源大臣に任命される以前は、緑の党における交通・商務・貿易および雇用問題のスポークスパーソン、及び上・下院議会(国会)における通信・海事・天然資源委員会の野党連合召喚人として活躍。
下院での初当選を果たす以前、起業家としてアイリッシュ・サイクリング・サファリとベルフィールド自転車の2つの事業を起業。ライアン大臣はダブリン・サイクリング運動の活発なメンバーであり、1995年から2002年の間、ダブリン市交通局の顧問委員を務めた。
* 現在は日本アイ・ビー・エム株式会社に統合
1963年生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科中退。
1987年株式会社アプリックス代表取締役社長就任。
2003年東証マザーズに上場。現在、代表取締役兼取締役社長。
アメリカ大学にてコンピュータ・サイエンスの学士号を取得後、ジョージ・ワシントン大学でコンピュータ・サイエンスの修士号を取得。
Visix Software社の共同創設者でもあったジェフリー・バー 氏は、KnowNow社、 eByz社、Akopia社、Microsoft社にて開発・管理を担当した後、2002年8月、Amazon.comに入社。アソシエイトチームシニア・ソフトウェア・ディベロッパーに就任。現在は、Amazonのシニア・ウェッブサービス・エバンジェリストとして、Amazonのソフトウェアのプラットフォームに関して、技術者間での認知度を拡大すべく活動中。
クラウドコンピューティングのチーフマーケティングオフィサーとして、ファーウェイのクラウドコンピューティング部門を統括。
ファーウェイ以前に17年間ソフトウェア業務に携わってきた。華為技術入社前は、革新的なオンラインサポートサービスを提供するディジタル・サポート・テクノロジー社の共同創立者であり、CEOとして会社の戦略および全体的な経営を統括した。
それ以前は、VMウェア社(仮想化の先端企業)のシニアー・マネージャとして、サーバーマネジメントチームを管理し、VMウェア社の主力製品である「仮想センター」の開発とリリースを統括した。
VMウェア社以前は、ビトリア・テクノロジー社のシニアー・アーキテクトとして勤務。同社は数多くの通信展開に携わる、有力なエンタープライズ・アプリケーション・インテグレーション(EAI)ベンダー企業であり、ハイは同社を成功(IPO99)に導くために重要な役割を果たした。
またシリコングラフィックス社にて、世界初の双方向TVプロジェクトや、マルチメディア開発を行うNECシステム研究所の仕事に従事した。
カナダ・アルバータ大学にてコンピュータサイエンスの博士号を取得し、ペンシルバニア大学ウォートンスクールにて経営学修士を取得。
1982年米国カリフォルニア大学バークレー校にて理学修士号。同大学博士課程において大規模な異機種混在環境システムの負荷分散の研究を修め、1987年に博士号取得。
同年カナダ トロント大学にコンピュータサイエンス、電気工学助教授として着任し、同大学の研究チームを率いてLSF(Load Sharing Facility)のプロトタイプ開発に着手。
1992年に2名のパートナーとPlatform Computing Corporationをトロントに共同設立し、リーダーシップの元、現在では、全世界に15のオフィスを構え、500名の従業員を率いる。
1995年には革新的な製品開発への指導力が認められ、カナダ オンタリオ州のITRC(Information Technology Research Center)よりイノベーション・アウォードを受賞。
2001年 Canadian Academy of Engineering 会員。
2002年アーンスト・アンド・ヤング社より Enterprenueur of the Year(Technology)を受賞。
1981 年にNEC 入社。主に衛星通信装置や携帯電話基地局など、無線通信機器の開発に従事。2003年には超小型マイクロ波通信装置「パソリンク」の事業責任者として、新興国をはじめとした海外市場の開拓を敢行し、同装置を世界トップシェアに成長させた。2010 年4 月、代表取締役 執行役員社長に就任。
ジョン・ハム氏はカリフォルニア州リバーサイド生まれで、Ustream共同創業者の一人であり、CEOです。同氏は、2007年3月にウェストポイント(アメリカ合衆国陸軍士官学校)で知り合ったブラッド・ハンスタブル及び技術面の開発者であるDr.ジュラ・フェヘルと共同でUstreamを設立しました。同氏はオピニオン・リーダーとして、全国放送協会(National Broadcasting Association), Web 2.0 エクスポ、デジタル・ハリウッド、オルウェイズ・ワン、ストリーミングメディア、レッドヘリング100等で重要な発言を続けています。
同氏は若くして起業に興味を示し、16歳で株式投資やオプション取引を始めました。ウェストポイントでは、アメリカ航空宇宙局とニューヨーク証券取引所のインターンシップに参加。航空宇宙工学の学士を取得してウェストポイントを卒業すると、アメリカ陸軍で少尉に任じられ、韓国に配属されました。在韓陸軍在籍中に同氏は指揮官となり、のちに第19戦域支援司令部(19th TSC)司令長官の補佐を務めました。
フィル・リビン氏は起業家でかつ経営者として、ネット関連の会社2社をその設立から経営的な成功まで導いた経験を持ち、さらに3社を支援し急成長させました。エバーノート入社前に、同氏はコアストリート社(Core Street)を設立し社長を務めていました。コアストリート社は現在では政府機関や世界中の大企業向けに電子証明や本人認証システムといった技術を提供するトップ企業の一つになっています。同社はのちにアクティブアイデンティティ社(ActiveIdentity)に買収されました。それ以前に、同氏はエンジン5(Engine 5)というボストンをベースとするインターネットソフトウェア開発の会社を設立しましたが、同社は2000年にヴィグネット社(Vignette Corporation)に買収されました。買収後も同氏は引き続き主席アーキテクト兼アプリケーション技術の責任者として勤務しました。
同氏は、ソフトウェアエンジニアとしてトレーニングを受け、ATG, Exchange Applications やEF向けに複雑なシステムを構築することからキャリアをスタートさせました。同氏は技術的なことについて、数多くのイベントにて活発に講演したり、ウォールストリートジャーナル、ニューヨークタイムズ、フィナンシャルタイムズ、エコノミスト、CNETなどマスコミに寄稿しています。2004年InfoWorld 誌において“イノベーターオブザイヤー”に選ばれました。彼は4つの技術特許を持つことから発明家と呼ばれています。
立命館大学文学部哲学科卒。
ソーシャルネットの未来に魅了されて株式会社デジタオを1999年に創業。さらに現実空間のソーシャル化を志向して頓智・株式会社を2008年に立ち上げる。同年9月に「セカイカメラ」のコンセプトをTechCrunch50にて発表、その一年後に日本にてリリースし、2009年12月には世界77カ国に向けてセカイカメラをローンチ。未来ビジョンを現実化するための頓智に総てを賭ける毎日。
グレッグ・パスはTwitter社エンジニアリング担当バイスプレジデントを経て現職。
Twitterに入る以前は、サマイズ社CTO兼共同創業者、AOL社システム・アーキテクト、ツーフィッシュ社CTO兼共同創業者を務めました。
1947年神奈川県生まれ。
1971年 東京工業大学 工学部卒業、同年 日本電信電話公社入社。
1988年のNTTデータ通信株式会社(当時)分社以降、産業営業本部長、ビジネス開発事業本部長、経営企画部長等を歴任し、2005年代表取締役副社長執行役員に就任、2007年6月より現職。
主な著作「これからのITマネジメント戦略」、「危機対応社会のインテリジェンス戦略」、「高度IT人材育成への提言」、「企業変革のマネージメント」、「世界のペイメントカード」
2003年4月、Google Inc. 副社長兼 Google Japan 代表取締役社長として Google に入社以来、日本における Google の全業務の責任者を務めて来ましたが、2009年1月1日付けで退任し、名誉会長に就任しました。 Google 入社以前には、2001年に Docent の日本法人である Docent Japan を設立し、同社の社長としてe-ラーニング業界でリーダーシップを発揮しました。 1997年から1999年の間は、Northern Telecom Japan の社長兼最高経営責任者を務め、Northern Telecomに買収された Bay Networks の子会社である Bay Networks Japanとの合併を成功に導きました。後にNortel Networks Japanと改名された同社において、2001年中旬まで社長兼最高経営責任者を務めました。 日立電子株式会社のミニコンピュータシステムのエンジニアとしてキャリアをスタートした後、Digital Equipment Corporation (DEC) Japanのマーケティング担当取締役などを歴任し、マサチューセッツの DEC 本社にも5年勤務しました。 京都大学で工学士号を取得しています。
カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネス在学中に東京大学留学。卒業後、ロサンゼルスと東京を拠点とするインターネット関連企業を立ち上げ、両都市における輸入取引促進システムを開発。2004年、PayPalに入社。買い手保護プログラムの立ち上げをグローバルに担当。2006年よりPayPalの日本参入プロジェクトをリードし、2009年の資金決済法可決までの渉外も行う。
永年抱いてきた、妥協なきクルマへの憧れから、2010年にテスラ・モーターズのアジア太平洋地域ダイレクターに就任。アジアマーケットへの参入を目指す。社外では、日米のベンチャー企業に対して、参入事業のコンサルティングも行っている。
人間の創造力こそ、現状の生活レベルを犠牲にすることなく、日々の難題を解決し得るものと確信している。
1952年12月27日生まれ
アダム・ハグマン氏はロボットダレン医療用ロボットの開発に従事している。機械工学の出身であるが、気持ちは起業家である。これまでにいくつかの起業を行ってきたほか、起業を支援して成功させてきた。彼は、(産官学で構成する非営利研究開発法人である)ロボットダレンで開発されるロボットは、必ずユーザー視点で作られなければならないと、いつも考えている。
2009年8月米国大統領により国務省大使・国務次官補代理兼合衆国調整官(国際情報通信政策担当)に指名された。バービーア氏は35年以上にわたり、合衆国政府と民間の法律事務所において通信と反独占法に関する職務に従事。1969〜1981年には、法務省反トラスト局の検事として、また連邦取引委員会競争局では首席弁護士として、また連邦通信委員会(FCC)では公衆通信事業者局長、放送局長及びケーブルテレビジョン局長を歴任した。
また1973〜1977年には、AT&Tの反独占法訴訟に関する捜査・訴追を担当する法務省反トラスト局の初代首席検事として働いた。この訴訟は結局ベルシステムの再編として決着した。さらに、同氏はFCCの局長として、ビデオ、電話サービスにおける競争を活発にし、また情報サービスを限定的に規制する一連の決定に参画した。1979年には、連邦政府の継続的改革をリードする上級幹部公務員の組織SES(Senior Executive Service)の創立メンバーとなった。また1980年には大統領が毎年際立った功績のあった政府上級幹部職員に与えるDistinguished Presidential Rank awardを授与された。1981年から2009年まで同氏はワシントンDCにて民間の弁護士として活動してきた。
1995年と1996年には、治安機関が効率的で相互運用可能な無線通信を行えるよう、それに必要な周波数帯を確定する連邦諮問委員会の委員長を務めた。また、シカゴ大学法学大学院の客員委員会、ジョージタウン大学同窓会理事会執行委員会の一員として働いてきた。
同氏はジョージタウン大学(1966, BSFS),シカゴ大学法科大学院(1969, JD)の卒業生である。
受勲:日本国、大韓民国、チリ共和国
劉子平氏は、2009年シンガポールで開催されたAPECTEL 39にてアジア太平洋経済協力電気通信・情報作業部会(TEL)議長に選出され、2006年から2008年まで同作業部会副議長を務めた。
劉氏は1963年生まれ。1986年に上海外国語大学を卒業。2005年から2006年まで米・ウィスコンシン大学ミルウォーキー校に留学し、MBA取得。
2005年より中華人民共和国工業・情報化部(05年当時は情報産業部)国際合作司国際機関担当課長の職にある。現職では、ICT関連の国際機関の活動に中国が参加するにあたり、その活動と政策の調整を行っている。様々な重要な国際会議に派遣される中国政府代表団団長を務めるなど、同氏はICT関連の政策や規制分野における多国間交渉に積極的に取組んでいる。
アジア太平洋地域におけるICTの発展を促進してきたAPECTELの作業に、同氏は過去10年にわたり携わり、貢献している。
1984年、郵政省(現総務省)入省。OECD事務局(在パリ)ICCP課(情報・コンピュータ・通信政策課)勤務(1987〜1989年)等を経て、1993〜1997年の間、電気通信局事業政策課課長補佐として、各種規制緩和計画やNTT再編に従事。郵政大臣秘書官(1999〜2000年)の後、電気通信局事業政策課調査官(2000〜2002年)として電気通信事業における事業区分の廃止、電気通信事業紛争処理委員会の設置、ユニバーサルサービス制度の創設等に携わる。
その後、在米日本大使館ICT政策担当参事官(在ワシントンDC、2002〜2005年)を経て、総合通信基盤局料金サービス課長(2005〜2007年)、同事業政策課長(2007〜2008年)を務め、「新競争促進プログラム2010」(2006年9月)や「モバイルビジネス活性化プラン」(2007年9月)の策定・推進を担当した後、2008年7月より現職。
著書に「世界一不思議な日本のケータイ」(2008年5月、インプレスR&D)、「インターネットは誰のものかー崩れ始めたネット社会の秩序」(2007年7月、日経BP社)、「融合するネットワークーインターネット大国アメリカは蘇るか」(2005年9月、かんき出版)。
1936年生まれ。工学博士。1959年京都大学工学部電子工学科卒業。1961年同大学大学院工学研究科修士課程修了。同大学教授を経て、1997〜2003年京都大学総長。その後独立行政法人情報通信研究機構理事長を経て、2007年より現職。情報工学、特に画像及び言語という情報メディアを用いた知的な情報処理に関する研究において世界をリードする顕著な業績を挙げ、パターン認識、画像処理、自然言語処理、機械翻訳、電子図書館等の分野の発展及び学術振興に多大な貢献をしたことにより2008年度文化功労者に選出される。就任時より「知識はわれらを豊かにする」という理念を掲げ、公務にあたっている。著作に『電子図書館』『「わかる」とは何か』『知識と推論』など。
同氏はこれまで一貫して面白いウェブサイトを作ろうとし続けてきたアントレプレナーです。2006年、同氏はわずかな仲間と熱狂的アニメ愛好家たちと共にクランチロールを設立しました。今日、クランチロールは世界No.1のアニメソーシャルネットワークで、正規にライセンスを受けたアニメコンテンツを最も多く配信しているポータルサイトです。その中の一つであるアニメとアジアのドラマ作品を閲覧できる動画サイトは、最近AMD(社団法人デジタルメディア協会 )アウォードを受賞しました。2005年、同氏はFrapprを立ち上げた後、優れたプログラムやFacebook向けアプリケーションの開発企業であるSlide社にそれを売却しました。同氏はこれ以前に、非常に人気の高い"Hot or Not"でシニアエンジニアとして勤務していました。
同氏は中国生まれで、9歳のときに家族とともに北京から米国に移住しました。同氏は、バークレイ大学にて電子工学、コンピューターサイエンスおよび数学の学位を取得していますが、仕事の傍ら、カーネギーメロン大学にてコンピューターサイエンスのPh.D取得に向けて研究を続けています。
1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。1988年フルブライト研究員としてハーバード大学に留学。1989年英文日経(Nikkei Weekly)キャップ、1990〜1994年ワシントン支局特派員。電機担当キャップなどを経て1996年より産業部編集委員。2000年から論説委員を兼ね、主に情報通信分野を担当。2006年より法政大学客員教授、2008年より国際大学グローコム客員教授を兼務。早稲田、明治大学の非常勤講師も兼ねる。著書に『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』(以上日本経済新聞社刊)など。
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